| << Prev. |
『主に御名によって』(詩編118編.3)
「主の御名によってわたしは必ず彼らを滅ぼす。」(10、11、12節)
包囲する強大な敵に対して、「主の御名(への信頼)によって」戦います。この信仰者にとっては、主の御名への信頼が兵馬に匹敵する現実的な力です。このような認識は、忍耐しつつ事の終わりを見極める信仰によってはじめて生じるものです。「王の勝利は兵の数によらず、・・・馬は勝利をもたらすものとならず・・・」と、聖書は明瞭に教えます。(詩編33:16−17)しかし、たいていの場合において、当座の勝利は兵の数と馬をそろえた側のものだからです。「主の御名によって」勝利するために必要なのは、忍耐を伴う信仰です。(参考ヘブライ10:36)このことに限らず、忍耐を伴う信仰があるなら、あらゆる事に関して、主の御名への信頼こそ現実的な力です。
「主の御名によって」戦う人々は、相手を打ちのめすことによって勝利するのではなく、主によって助けられ、救われることによって勝利します。(13、14、21節)あくまでも主の御名に信頼し、主の御名にふさわしく祈り、主の御名によって救われて勝利するのです。
そのような人が敵のために呪いを祈ることはありません。(マタイ5:44、ルカ6:28)
敵を憎まず、恐れず、相手の頭の上に「燃える炭火を積む」ように戦います。(ローマ12:20)
もし、相手が神を敵に回していることに気づいて、悔い改めたなら、それこそ大きな勝利です。
主の御名への信頼が、現実的な力であることを改めて覚えましょう。
「主の御名によって」もたらされる勝利こそ、求めるべき勝利です。
主が「主の御名(への信頼)によって」あくまでも祈り続ける信仰を与えてくださいますように。
(ヨハネ14:13、15:16)