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『感謝せよ』(詩編118編.1)03/06/2005

「恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。」(1節)

  感謝が命じられています。「感謝しよう」という呼びかけではありません。「感謝せよ」という命令です。どんなことにも「感謝せよ」です。試練の中で、「果たして主は我々の間におられるかどうか」などと言ってはならないのです。(出エジプト17:7)
しかし、毎日の出来事にただ向き合うだけでは感謝することなどできないでしょう。求められているのは、信仰に基づく感謝です。すべてのことの中に主の慈しみを探ね求めて、「慈しみはとこしえに」と言って、感謝するのです。

 毎日の生活の中で、まず第一に感謝しなければならないことは、こんな自分が主の恵みにあずかっていることです。何かを与えられたことや何かができるようになったことを感謝するよりも、自分のような者を憐れんでくださる神の恵みに感謝すべきです。(ルカ18:9−14)その感謝から始めるなら、何を感謝すべきかも見えてくるでしょう。
 感謝について学ぶための一つの実例を紹介しておきます。  

 1913年、韓国の小学校で、天皇が住んでいる東の方に向かって拝む「東方遥拝」を拒否した小学生がいました。それは偶像礼拝だという理由からでした。この小学生は、校長先生から顔が腫れるほど殴られて、家に帰って来ました。それを見た御父さんは次のようにお祈りしたとのことです。
「主よ、この足らない者の息子に、このような試練を与えてくださって感謝します。鉄は叩けば叩くほど強くなると言います。これから尊く用いられる私の息子を、大きなハンマーで強く叩いてください。神の御前にふさわしい働き人になるまで、惜しまず叩いてください。」
         (「わが父、孫良源」孫東姫著、いのちのことば社、P41)