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『数を増してくださるように』(詩編115編 A) 01/30/2005

「主があなたたちの数を増してくださるように、
        あなたたちの数を、そして子らの数を」 (14節)

 アブラハムへの祝福の約束は、「あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう」ということでした。(創世記22:17)この約束は、その子孫たちに引き継がれ、イスラエルの民の歴史においても繰り返し確認されました。(出32:13、エレミヤ33:22)使徒たちも「すべての民をわたしの弟子にしなさい」と命じられて、伝道をし、各地に教会を建てていきました。(マタイ28:19)神の民の数が増えることは、神の民にとって最も基本的な祝福の一つです。
 しかし、神の約束への信頼なしに「数」を求めたなら、信仰の喜びはありません。容易にあせったり、慌てたり、失望してしまったりすることでしょう。しかし、神の約束を信頼したアブラハムに、失望はありませんでした。実際に、彼が自分の目で見た子孫の姿は、約束の実現とははるかにかけ離れた様子をしていました。しかし、アブラハムは「満ち足りて」死にました。(創世記25:7)信仰によって、神が約束されたことの結果を見ていたからです。このような信仰の満足がないなら、喜びと忍耐をもって「主があなたたちの数を増してくださるように」と祈り続けることはできないでしょう。

「主を賛美するのは死者ではない。沈黙の国へ去った人々ではない。」(17節)

 現在、目にしている光景は、「彼らの神はどこにいる」という不信仰に囲まれている小さな種のような神の民の姿であるかもしれません。しかし、その光景を見るだけでは、どこに信仰があるかと言われても仕方ありません。主を賛美する人々は、今もなお神に対して生きており、沈黙してはいないのです。「おびただしい証人の群れに囲まれている」という現実を信仰によって見させていただきましょう。(ヘブライ12:1)そして、「わたしたちこそ、主をたたえよう。」(18節)

「今」は、約束を必ず実現したもう神を喜び、感謝しつつ。