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『お前の神はどこにいる(詩編42編)』 04/28/2002

この信仰者は今、試みの中にあります。
「お前の神はどこにいる。」(4、11節) 

 この問いに対して、十分な確信があったなら、あのバビロンに連れて行かれた3人の若者のように、大胆に応じることができたでしょう。(参考ダニエル3:16−18) 信仰の戦いは、単なる状況の厳しさよりもむしろ、それを受け止める信仰の状態によって左右されます。

 十分な確信を欠きつつも、この信仰者の信仰が生きていることは確かです。信仰が生きているからこそ「渇く」のです。(3節) そして、その渇きに迫られて、魂を注ぎだしつつ必死で神の恵みを「思い起こします。」(5、7節)そして、「神を待ち望め」と言って、未来に目を注ぐのです。(6、12節)

 現在の試練だけにとらわれていたなら、決して持ちこたえることはできなかったでしょう。
現在の「渇き」も信仰によることです。しかし、それだけでは、疲れ果てて、倒れてしまいます。すでに受けた恵みを思い起こし、いまだ見ていない神の恵みを待ち望んでこそ、「お前の神はどこにいる」という挑戦にも、大胆に応じることができるでしょう。

私たちの神は、「昔も、今も、永遠に」おられる御方です。