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『主への告白 (詩編32編)』
自分の罪を認めるのは、主の恵みです。ダビデは、自分の忠実な部下を卑怯なやり方で殺しても、それが罪だとは気づけませんでした。(サムエル下11−12章)主の御手がとことん彼を苦しめてくださらなかったなら、「主にわたしの背きを告白しよう」などとは、決して言えなかったでしょう。(詩編32:5) そして、背きを告白した時、主のゆるしといつくしみの中に生きることを学び始めました。
わたしたちにも、背きの告白によって、このように終わらせていただくべき苦しみがあるかもしれません。苦しんだり、悩んだりする時に、一人静かに主に向かって祈るのは良いことです。告白すべき背きに気づけたなら、その苦しみや悩みは、幸いな出口を見出したのです。
「神に逆らう者は悩みが多く、主に信頼する者は慈しみに囲まれる」(詩編32:10)