ー 祈りの生活 ー(1日修養会講演・7月19日)

「焦って口を開き、心せいて神の前に言葉を出そうとするな。
神は天にいまし、あなたは地上にいる。言葉数を少なくせよ。」
(コヘレトの言葉5:1)

 祈ることも大切ですが、慌てて祈らないことも大切です。言葉数が多く、内容が立派なように聞こえても、役に立たない祈りがあります。(マタイ6:7、マルコ12:40)神との真実な交わりの中で祈ろうと願うなら、まず神を正しく知り、自分を正しく知らなければなりません。子供が自分に与えられた力を用いずに、父親をなんとか口先で動かそうとする時、良い父親は子供の言いなりになったりはしません。むしろ、子供の力を存分に用いさせて子供を鍛える父親こそ、子供を愛する父親でしょう。
 神はわたしたちが『アッバ、父よ」と呼んで祈れるようにしてくださいました。(ローマ8:15)しかし、
神を『父よ」と呼んで、神を口先の言葉で動かすのが祈りではありません。神との人格的な関係の中で、わたしたちの方が神の御心に従うために祈るのです。

「何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。・・・願い事は何でも聞き入れてくださるということが分かるなら、神に願ったことは既にかなえられていることも分かります。」(第1ヨハネ5:14)

 神を信じ、神がどれほど偉大な愛であるかを知るとき、神の約束はすでに祈りの答えです。神が約束してくださったことは必ずそのとおりになるからです。
 祈りの答えは、信仰によって獲得されます。そして、
祈りの答えを獲得する信仰が与えられること自体が、祈りの答えでもあります。神を正しく仰ぐことから祈り始めましょう。慌てて、くどくどと祈る必要はありません。

教会の集会は、どの集会でも自由に出席することが出来ます。
あなたのおいでを心から歓迎いたします。