教会委員会だより
 
日本キリスト改革派札幌伝道所 委員会
発行日: 2006年3月5日 ( 日 ) 今後の予定
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   祈りについて (4)

「祈りの修練がどんなに必要であり、どのようにして有益であるかは、いかなる言葉をもってしても十分に説明し尽くすことはできない。」 (綱要3巻20章2節)

「求めなさい。そうすれば、与えられる。」(マタイ7:7) 

 「求めなさい。」これは、祈りの命令です。「そうすれば、与えられる。」これは、祈りの約束です。これほどはっきりと命令し、約束されたことが軽んじられる時、神との誠実な関係は成り立たないでしょう。祈らないことこそ、罪です。

 パンを求める人が、願ったとおりにパンが得られないからと言って祈りをやめる時、それは強情な不信仰です。自分が欲しいものしか求めようとしない子供を、子供を愛する親は放置しておけません。求めるべきものを求めるように教育し、豊かに与えようとするでしょう。わたしたちのような者たちでさえ、そうであるなら、天の父である神はなおさらです。祈りについての明瞭な命令と約束は、決して無視されてはなりません。

「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
これこそ、律法と預言者である。」(マタイ7:12)

 祈り求める人は、自分の願い事で心の中がいっぱいになっているかもしれません。そのような時には、人を利用することは考えても、人に何かをしてあげる心の余裕もないでしょう。しかし、キリストは、そのような時にこそ「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」と命じられました。これを積極的に実行するのは、クリスチャン生活の高い目標です。しかし、一挙に実行できるような命令ではありません。まず神に自分の願いをゆだねて、人には頼らないことから始めなければなりません。人は、頼る相手ではありません。(参考 詩編118:8−9)「求めなさい」と命じられた相手は、人ではありません。神のみに求めるのです。もし、祈りに対する神の答えが人を通して与えられたなら、その時には、それがたとえ水一杯であっても、感謝すべきです。(参考 マタイ10:42)人は頼る相手ではなく、感謝すべき相手であり、さらにわたしたちが信仰において進歩するなら、愛する対象です。

 神のみに求めても、わたしたちの信仰は薄いので、不安が残ります。人の助けや救いがなければ、どうにもならないように思われるかもしれません。霊的、信仰的なことでは神に求めるが、この世の「具体的なこと」では、人に求めなくてはどうにもならないように感じるかもしれません。しかし、信仰を働かせなければなりません。この世の一時的なことで神に信頼できないのに、永遠の命に関わることで、どうして神に信頼することができるでしょうか。キリストが中風の人を立たせる力を持っておられると信じることができないなら、キリストの罪を赦す権威も信じることはできません。神の恵みと力を低く見積もらないように、よくよく注意いたしましょう。そして、人に頼らず、神のみに祈りましょう。「求めなさい。そうすれば、与えられる。」  

           

(牧 師)

   教会委員会から    
1、3月19日(日)学びと懇談の会

「伝道所設立20周年の感謝」を主題として、学びと懇談の会をいたします。20周年のような節目の年を大切にするのは、意義深いことです。感謝すべきことを感謝し、初心を振り返って、進むべき方向を確かめましょう。

2、 東京恩寵教会よりの献金

今年も、東京恩寵教会からの献金をいただきました。毎年、年頭に募金して献金してくださるものです。そのような献金の背後には、札幌・北海道伝道への期待とお祈りがあることを覚えましょう。そのような期待とお祈りは、福音伝道にとって大きな力です。

3、 その他

 


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