教会委員会だより
 
日本キリスト改革派札幌伝道所 委員会
発行日: 2007年1月7日 ( 日 ) 今後の予定
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2007年|1月号


祈りについて (7)
「祈りの修練がどんなに必要であり、どのようにして有益であるかは、いかなる言葉をもってしても十分に説明し尽くすことはできない。」(綱要3巻20章2節)


「2006年度を振り返って」

 昨年は、わたしたちの教会にとって、20周年を記念する年でした。歴代の先生方がお越しになり、ご奉仕くださいました。一連の記念行事を終えて、教会員の方々も、それぞれにいろいろなことを感じたことと思います。わたしは当伝道所の現在の牧師として、それぞれの時にそれぞれのご労苦があったことを改めて覚えました。そして、それゆえに今日の札幌伝道所があると強く意識するようになりました。これを素直に心から認めることができなければ、牧師の引継ぎは本当に不十分なままでした。その意味で、赴任してすでに6年になろうとしているのですが、今回の一連の記念行事を経て、ようやく牧師職の引継ぎを終えた気がします。

 札幌伝道所は、大きな期待と課題を担ってこの地に建てられています。札幌には、他の諸教派の教会があるのに、この地に敢えて改革派教会の伝道が開始されました。また、改革派教会全体の目が九州の伝道に向かっていた時に、敢えて北海道への伝道が開始されました。その意味で、非常に強い志をもって始まったのが、札幌伝道と言えるでしょう。志を与え、それを実現させてくださるのは、主です。20年は良き基礎固めの期間でした。自覚的に教会を支えようとする教会員が常に送られ続けてきました。送り出すことも多かったのですが、離れても互いに祈り合える交わりが維持されるなら、お互いに心強いことです。この20年で、多くの祈りの支援者を持つようになったとも考えることができるでしょう。もちろん、そのためにはお互いの消息を確かめ合うための、新しい努力が必要かもしれません。また、送り出したのに応じるかのように、新たな教会員を加えられてきました。地域から、教会の存在が喜ばれるというところまではいきませんが、地域の一員として、ある程度認められてきています。これらのことは、20年という期間を通してでなければ、得られなかったものです。そのような恵みの数々を引き継ぎながら、この地で伝道できることを、心から主に感謝いたします。

わたしたちの伝道所がなすべき伝道は、聖書の福音をそのままに伝える伝道です。人生の全領域で神を喜び、神の栄光をあらわすために、どれほど謙遜に祈り、学び、励まし合いながら、本気で取り組まなければならないことでしょう。しかも、強いられてではなく、感謝と喜びをもって。

教会近隣の人々やわたしたちの身近な人々が、そのような教会やクリスチャンの存在を歓迎したり期待したりしておられるわけではありません。むしろ、そういう教会やクリスチャンの存在は、どう受けとめて付き合ったらよいか、戸惑うような存在であるかもしれません。あるいは、反発を覚える存在と思われているかもしれません。しかし、御言葉に支えられて導かれるわたしたちの行動の多くは、今のような時代には確かに教会近隣の人々や身近な人々に役立つものとなるでしょう。そして、御言葉を伝え続けているなら、福音そのものの実力によって、人々の戸惑いや反発をも越えて前進していくと信じます。

20年の恵みに感謝しつつ、初めの志を大切にして歩んで参りましょう。札幌伝道所には、この伝道所が負うべき特有の重荷があります。キリストにおいては、その荷を授けられて背負えることこそが感謝です。ふさわしい荷をしっかりと担って、謙遜な喜びに満ちた教会として、主が成長させてくださるように祈って参りましょう。   

                                         (牧 師)

 

「第20回教会音楽講習会」に参加して   M. Yoshida

 先日(2006年11月4日)、横浜市の青葉台教会で開催された「第20回日本キリスト改革派 教会音楽講習会」(大会主催)に参加が許され、多くを学ぶことができたことを心から感謝します。
午前の礼拝(アメリカ合衆国長老教会をもとにして試作された、新しい形式の礼拝〜説教:川瀬勝次師)に始まり、午後からはパイプ・オルガンを使用しての公開レッスン(講師:鈴木雅明兄)と充実かつ大変実用的なプログラムでした。参加者は約20名で東部中会の方が中心でしたが、東北中会からも数名の参加があり嬉しく思いました。
 私が一番印象に残ったことは、川瀬師のメッセージで「日本の教会ではアマチュア精神が伝道を難しくしている。〜賛美する者は体のすべてを用いて賛美しなければならない。」、鈴木先生の「奏楽者は、牧師が福音を語るのと同様に、音楽によって公的に、告知的に、正しく語らねばならない。そのための技術と求める姿勢(信仰)が必要。」との言葉です。奏楽者に委ねられた使命と責任の何と重大なことでしょうか・・。日々の生活をコントロールし、謙虚に努力を続けなければ難しいことです。奏楽者が信仰と技術、知識において向上して行くことができるようにお祈り下さい。また、さまざまな年齢の方々の熟練された演奏と熱心な態度に触れて感動と励ましをいただきました。北海道では大会の講習会に参加することは容易ではありませんが、今回の貴重な機会を生かして主の恵みのうちに、次世代の奏楽者の育成と自己研鑽に励んで行きたいと願っています。

 

 
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